この連載では、母校に戻り現在も教員として活躍し、クラブの指導も続ける卒業生にいくつかのテーマについて当時の想いを語っていただく連載です。
初回は、体育学部体育学科体育実技担当、体操競技部指導者の井上麻智子先生にお話を伺いました。
第三回は、競技者として指導者としてたくさんの「できる」「うまくなる」を知っているからこその、体育大学での学びについて教えていただきました。
体操競技で考えるとうまくなる、上達するって、技の難易度だけにとらわれがちだったりする。1回のひねりを3回ひねることができる、1メートルしか飛べなかったものが2メートルに、なんていった具合に。
わたしはそういった意味での“うまくなる”を比較的幼いころに経験していました。体操が好きで、どんどん吸収して技を覚えていきました。自分のことって気が付きにくいので、子どもたちに指導するようになってから「私はこの頃こんな技ができていたのってすごかったんだな」と気が付きました。
しかし、伸び盛りにあった小学4年生の時にできた技が大学生の時にできたかというとできていないんです。
“うまくなった”のは、どの瞬間を写真に撮られたとしても、美しい形をつくれるといった技の精度でした。技を繰り出すときの感覚を研ぎ澄ませて、突き詰めた先に自分の身体を意識的に操ることができるということがわたしはうまくなるということだと思っています。
大学で体操を初めて覚える人はバク転って難しいですよね。私は幼少期からバク転はできたけど、ひねりを入れるとかは難しい。中身は違ってもどちらも同じ“難しい”だと思うんです。ということは、人それぞれ「できる」も「うまくなる」もレベルが違います。
現在、必修の器械運動を1年生に教えていますが、そこで伝えるのは「あなたたちが目指すのは“はい、技ができた!”という先にある、自分のできたという感覚を人に伝える、人にもできるようにしていくことだよ」ということです。
体育大学生の多くは体育が得意で、鉄棒の逆上がりをさせると簡単に回れます。しかし、教員になったらより多く支援するのは逆上がりができない、体の感覚を掴めていない子どもたちです。そういった子に例えば「体を引き寄せる」という動きを教える際に、その感覚をその子がわかる言葉や方法で伝え、できるようにしていく。わたしは技のやり方も100人いれば100通りあると思っています。
ということは、体育大生が目指すのはいろいろな技術・方法を知って、それを目の前の子に合った方法で伝えていくことなのではないかと考えます。
この「100人いれば100通りも方法がある」というのは、社会に出ても同じだと思います。
100人の中に同じ人は一人としていないので、向き合い方も違います。人と人との関係においては、数学などと違って明確な答えがない、手探りで感覚を掴んでいくものだったりしますよね。だから考えるし、たくさんのことを試していくと思います。体育もこの「考えて向き合っていく、感覚を掴んでいくっていう営み」ですから、社会に出た先の生き抜く力を体を動かすことを通じて養っているのだろうなと思います。
答えがないものに対して、答えがないことを受け入れて立ち向かえる力は、先が読めない今の時代こそ、より重要な能力になっていくと思います。
進路選択の中にある生徒の皆さんに伝えたいことは、「今の自分が持っている武器だけで選択肢を狭めてしまわないで」ということ。社会に出たってできないことはたくさん出てきます。その時に大切になるのは「できないからスタートして向き合う力」です。
体育大学に入学する学生もこれまで打ち込んできたスポーツはできるけれど、それ以外は全く…なんていう子も多い。
本学で教えるのは、得意な子が理想的な動きで見せる“できた”ではなく、あなたが自分なりのコツをつかんでイメージを形にした“できた”です。そして、体育大学の先生はそれぞれの「専門家」で、どのような学生にも合わせた教え方ができる「教員」です。
“できる”って楽しいです。
社会に出てからも自分で選べば学べますが、研究をしながら、その道のプロたちがいるところで、自分が学ぶだけの時間をたっぷりと使えるのは大学でしか味わえないと思います。
実は、わたしは体育大学に入ることが決まってから慌てて水泳教室に通いました。泳げないことで、大学の授業についていけないと思ったので。でも、そんな心配全くいらなくて、水泳教室よりも丁寧に基本的なところから教えてもらって、水泳が“できる”ようになりました。習い事にかけたお金はなんだったんだ~!ですよね。(笑)
1からスタートではなくて、0からスタート。そこから教えるプロたちがいる東京女子体育大学で「できる」「うまくなる」楽しさを味わってほしいですね。
■これまでの連載記事
母校で働く教員に聞いた「あの時の、あの試合」(第1回)
母校で働く教員が伝える「ケガを乗り越え、競技に向き合った経験」(第2回)
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